USMLEだけでは渡れない海 ―― 大統領令以後、日本人心臓外科医のための新・渡米戦略

はじめに

前回記事でも述べた通り、2025年9月19日のトランプ大統領令「Restriction on Entry of Certain Nonimmigrant Workers」により、H-1Bビザの新規申請には$100,000(約1,500万円)の追加支払いが課されることになりました。米国内でステータスを維持しながらChange of Status(COS, ビザのステータスを変更すること。例:J1リサーチからH1b)するpetitionは$100,000対象外であることがUSCISガイダンスで明確化されていますが、それでも雇用主側の心理的・運用的ハードルは確実に上昇しており、その煽りを最も受けているのが、米国外から渡米しようとするIMG(International Medical Graduate)です。

 

私の周囲でも、USMLE Step 1, 2 CK, OET, Step 3をすべてクリアしながらポジションが見つからず、苦戦している方が複数います。なんなら、アメリカでJ1 scholar visaでリサーチをしているにも関わらず臨床のポジションが見つからない人も知っています。

 

本記事では、何が構造的に変わったのかを整理し、日本の心臓外科医が今後渡米するために取り得る現実的な戦略を3つに整理してみます。あわせて、最近話題になることの多いO-1ビザの限界についても触れてみたいと思います。

過去のモデルは終わった

これまで日本人心臓外科医が米国にポジションを得る方法はある程度パターン化されていました。USMLEをクリアし、CTSnetの公募に応募する、日本人の先輩のツテを使う、興味のあるプログラムのディレクターに直接メールを送る。小児という狭い世界であっても、これらを並行で動かせば数ヶ月以内に何らかのポジションを得られるのが通常でした。

 

しかし、このモデルはもはや過去のものになってしまいました。$100,000の負担そのものよりも、それが引き起こした「日本人を雇うこと」に対する施設側の意思決定プロセスの硬直化が問題なのです。雇用主側で何が起きているかを整理すると次のようになります。

 

第一に、attorney consultation(要はビザ対応する弁護士)、院内budget approval(予算申請)、immigration office(移民対応事務)承認といった新たな関門が標準化されました。Cap-exempt employer(大学・大学病院)でCOS申請なら$100,000は免除されるのですが、それでも施設のimmigration officeは「ルールが流動的なうちはリスクを取りたくない」というモードに入ってしまっています。

 

第二に、Non-ACGME fellowのslot自体が、施設内で「優先度の低いポジション」として再定義されつつあります。これまで「日本人候補者がいたら追加で雇う」という柔軟な運用がなされていた枠が、現在は「standard ACGME fellowで満たす方が安全」という方向に揺り戻されているのです。逆にいうと、大統領令発令前から渡米していて、すでにアメリカで臨床をしている先生はアメリカでのジョブサーチで完全に勝ち組になっているという現状もあります。私は実際にそういう先生方を数名すでに見てきました。

 

第三に、政策の不安定性が意思決定を凍結させています。U.S. Chamber of Commerce v. DHSの地裁判決(2025年12月、大統領令支持)に続き、D.C.巡回区控訴審が2026年2月にfast-track審理を開始しており、Global Nurse Force v. Trump(N.D. Cal.)、State of California v. Noem(D. Mass.)も継続中です。preliminary injunctionや控訴審判決が2026年春から夏にかけて出る可能性があり、雇用主としては「とりあえず様子見」を選びやすい状況です。(これは、要するに今回の大統領令に対して各部署で裁判が行われていて、先行き不透明ってことです。)

 

つまり、$100,000はfeeである以上に、システム全体に摩擦を生む触媒として機能しているわけです。

戦略3つを並行で動かす

単一ルートに賭けるのは現状リスクが高すぎます。3つのトラックを並行で動かすのが新しい標準だと考えています。

Track A:J-1 researchで入国 → H-1Bへ Change of Status

最も短期で米国に入る現実的なルートです(とはいえ2−5年プランになります)。リサーチフェローとしてJ-1 research scholarで渡米し、米国内でH-1BへのCOSを申請するという流れです。USCISガイダンスにより、米国内でステータスを維持しながらCOSするpetitionは$100,000の対象外となります。

 

J-1 research scholarは、原則として2-year home residency requirement(INA §212(e))の対象外です。ただし米国政府または日本政府からの資金援助を受けている場合、または該当分野が日本のSkills Listに含まれている場合は212(e)が発動するため、funding sourceの確認は必須となります。

 

リサーチフェローのポジションそのものは臨床フェローよりも空き枠が多く、CTSnetには出ない情報も多いのが現状です。各施設のラボページを直接見て、関心分野の研究をしているattendingに直接コンタクトを取るのが基本になります。

Track B:第三国経由でCV強化

このトラックはウルトラC的な発想なので、参考程度にしてください。

 

UK(Royal Brompton、Great Ormond Street、Birmingham、Newcastle)、Canada(Toronto SickKids、Edmonton Stollery)、Australia(Royal Children’s Melbourne)などで2-3年の臨床+研究実績を積むパスです。

 

ここで明確にしておくべき重要な点があります。**Track B単独では$100,000問題を回避できません。**第三国から米国施設が直接H-1Bで雇用するケースでは、当人が米国外にいる状態でのpetitionとなり、consular processing扱いで$100,000の対象となってしまいます。

 

ではTrack Bの意義はどこにあるのか。3つあります。

 

第一に、EB-1A/EB-2 NIWでのGreen Card自己申請が射程に入ってきます。日本国内で待っているだけでは要件を満たしにくいのですが、第三国での臨床+研究実績は国際的なrecognitionに直結し、independent expert lettersや高インパクト筆頭著者論文を揃えやすくなります。Green Cardが取得できれば$100,000問題は構造的に消失します。

 

私としては、アメリカ以外で海外臨床経験を積んでいるうちに、アメリカのグリーンカードを並行して進めるのは、アメリカに長期的に滞在したい場合は悪い選択肢ではないように思います。ただし、お金も時間も膨大に必要となります。

 

第二に、米国施設との共同研究や人的関係を3年スパンで構築できます。AATS/STSへの現地参加、米国施設のattendingとの共同論文、multi-institutional study参画などにより、米国側に「unknown risk」ではなく「known quantity」として認識されるようになります。最終的に米国施設に渡る際の意思決定が大きく変わってくるのです。

 

第三に、Track A(J-1 research)に応募する際のCVが強化されます。日本国内で待機しているよりも、第三国での実績がある方がJ-1 researchの審査でも有利になります。

Track C:日本での実績強化と政策変化待機

第三のルートは、日本国内で実績を積みながら政策変化を待つ受動戦略です。受動と言っても何もしないわけではなく、待機期間中にEB-1A/EB-2 NIWのfeasibilityが見える線までCVを引き上げることが核心になります。

 

具体的には、JTCVS/Annals/EJCTSへの筆頭著者複数本、AATS/STSのoral presentation、niche expertiseの確立(mechanical support、fetal cardiac intervention、heart transplant、complex neonatal、3D printingなど)、US/UK mentorからのstrong lettersといった要素です。論文1-2本/年では足りません。3-4本ペースに引き上げ、3-5年スパンで国際的に認知される領域を作る必要があります。

 

前回の記事にも書きましたが、以下のリンクはアメリカの大手弁護士事務所のリンクです。どちらも外国人医師のグリーンカード取得を得意とする法律事務所で、無料で査定をしてくれます。リンク内のfree evaluationに行き、アンケートに答えていくと1−2日以内に自分がどのカテゴリーでグリーンカード申請ができるのか、費用がどれくらいかかるのか、など詳細なレポートをしてくれます。実際に利用する前に、ご自身の立ち位置を理解するツールとして参考にしてみてください。

 

https://www.wegreened.com/

 

https://www.highskilledimmigration.com/

 

そして並行で訴訟結果と政策変化を見ます。AMA、AAMC、AHAをはじめとする50以上の医療団体が、医師に対するnational interest exceptionを求めて働きかけており、いつかは何らかの個別救済が来る可能性はあります。ただし「来る」前提で待つのではなく、来たときに即座に動ける状態を保つことがTrack Cの本質だと思います。

重要な認識:3つは排他的ではない

Track A、B、Cは並行で進めるべきです。J-1 researchをアプライしながら、UK/Canada/Australiaのオプションを開拓し、attorneyにEB-1A/NIWのfeasibility評価を依頼する。これが2026年現在の標準姿勢であり、「USMLEをクリアした → どこかに応募する → 数ヶ月待つ」という過去のリニアなモデルとは根本的に異なってきています。

O-1ビザは解決策にならない??

最近、$100,000回避策としてO-1ビザを推す移民法事務所のmarketingが増えています。O-1は確かに大統領令の対象外で、理論上は有力な代替手段です。しかし日本のIMGにとってO-1は現状、なかなか難しいオプションのように思えます(業績次第では無理ではないです)。理由を3つに整理してみます。

 

第一に、認定基準のハードルが高いことです。O-1は8基準のうち3つを満たす必要があります(受賞、メディア掲載、審査員経験、独自の貢献、学術出版、高給与、critical role、商業的成功)。レジデント・フェロー段階の医師でこれを満たすのは可能ですが、相当な業績がなければ却下リスクが高くなります。$100,000回避目的でborderline candidateを出してしまうと、施設のreputationにも影響しかねません。

 

第二に、施設HRの構造的保守性があります。私の所属するMUSCをはじめ多くの大学病院HRは「レジデント・フェローへのO-1サポートなし」というpolicyを持っています(ことが多いです)。O-1 petitionは$100,000は不要ですが、attorney feeと施設の事務負担はH-1Bより大きく、却下リスクも高いです。「フェローはH-1B(またはJ-1)で十分」という標準運用が確立しているため、O-1への切替には部門長レベルの強いpushが必要になってきます。

 

第三に、O-1を出してくれる稀な施設(Stanfordなど)であっても、「米国臨床経験ゼロのIMGはほぼ雇わない」という現実があります。Stanfordのpediatric cardiac surgery部門が日本人にO-1を出すことは以前から知られています。一方、その前提条件は、一部の超優秀な人材を除いて、すでに米国でclinical fellowship経験がある候補者であることと(暗黙のルールで)なっています。つまりO-1は「日本から直接渡米するfresh IMG」向けの入国手段ではなく、「米国内で既にclinical fellowship経験を積んだ日本人が、advanced fellowやattending positionに移行する際の昇進ツール」として機能しているのです。

 

したがってO-1は、日本にいる若手心臓外科医の渡米手段としては推奨しにくいというのが私の見方です。これは個別candidateの能力問題ではなく、ビザ制度と雇用主側の運用慣行の組み合わせから来る構造的事実です。今後この状況が変わるとしても1-2年スパンでは劇的に変わりにくいでしょう。

 

ただし、今回の大統領令発動に伴い、O-1ビザを比較的フランクにサポートしてくれる病院が増えてくる可能性は否定できません。こればっかりは現状わかりません。

 

また、前項で挙げた大手法律事務所に相談すればO-1ビザについても対応してくれるので、就職活動と同時にO-1を視野に入れている先生は、病院内の移民事務経由だけでなく、外部の法律事務所にも積極的に関わっていくことを私はおすすめします。

おわりに

過去5年の「USMLE → 数ヶ月でポジション」モデルは終わりました。これは個人の能力問題ではなく、構造変化です。受け入れるべき新しい現実は、渡米計画が3-5年スパンになったこと、Track A/B/Cを並行で進めるのが標準姿勢になったこと、そしてO-1のような一見魅力的なオプションが実は若手IMGには現実的でないこと、の3点だと思います。

 

苦戦している方への実務的な順序を最後に示します。第一にJ-1 research scholarの枠を探すこと。即時臨床着の夢を一旦保留してでも、米国内J-1 statusを獲得することを優先します。第二に並行で第三国オプションを開拓すること。第三にimmigration attorneyに自分のCVでのEB-1A/NIW feasibility評価を依頼すること。日本にいる段階でも無料initial consultを提供しているattorneyは複数あります。

 

最も避けるべきは、USMLEパスだけを手に国内で「待ち」モードに入ってしまうことです。時間が経つほどCV年齢効果でvalueが低下してしまいます。何らかのactive trackに乗っていることが、現在の環境下では何よりも重要だと考えています。

 

なお本記事は情報提供を目的とした概観であり、個別案件への法的助言ではありません。実際の申請判断は必ず米国移民弁護士との個別相談に基づいて行ってください。

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参考リンク

 

 

 

 

 

 

本記事は2026年5月時点の情報に基づきます。政策・判例は流動的であり、最新情報については上記の公的ガイダンスおよび移民弁護士に確認されたい。

 

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