「アメリカ滞在のままGreen Cardは取れなくなった」は本当か? ―― USCIS新メモPM-602-0199をビザ初心者にもやさしく解説します

目次

はじめに ―― なぜこの記事を書くのか

2026年5月21日、米国移民局(USCIS)が新しいポリシーメモ「PM-602-0199」を発出しました。そして翌日、USCIS公式ニュースルームには次のような衝撃的な見出しが踊りました。

“U.S. Citizenship and Immigration Services Will Grant ‘Adjustment of Status’ Only in Extraordinary Circumstances”

(USCISは「Adjustment of Status」を特別な事情がある場合のみ認める)

USCIS報道官のZach Kahler氏は、プレスリリース内で次のように発言しています。

「在米中の外国人がGreen Cardを希望する場合、原則として母国に戻って申請しなければならない。Extraordinary circumstancesがある場合のみ例外を認める。」

このニュースが流れた瞬間、米国でフェロー・Clinical Instructor・Attendingとして活動する日本人医師、そして将来的に米国でのキャリアを志す医師の間に大きな動揺が走りました。SNSや同門のメーリングリストでも次のような声が散見されます。

「H-1Bで働いてEB-2 NIWを準備中だが、もう帰国するしかないのか?」

「家族と一緒に帰国するなんて現実的にあり得ない」

「J-1リサーチからH-1Bに切り替えてGreen Cardという王道ルートは終わったのか?」

しかし、結論から先に申し上げます。多くの日本人医師は、現時点で帰国の必要はありません。

なぜそう言えるのか。理由はシンプルです。プレスリリースの煽情的な見出しと、メモ本体(PM-602-0199)が実際に書いていることが、かなり違うからです。

本記事は、ビザの基本用語からおさらいしながら、両者のギャップを丁寧に解きほぐし、オペざんまい読者の皆さんが、自分のケースを冷静に判断するための材料を提供することを目的としています。

なお本記事は法的助言ではありません。実際の申請判断は必ず米国移民弁護士に相談してください。

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1. 5分でわかる ―― ビザ・Green Card用語ミニ辞典

本題に入る前に、本記事を読むのに必要な用語を整理しておきます。すでに知っている方は読み飛ばしてください。

永住権取得には2つのルートがある

米国で永住権(Green Card)を取得する方法は、大きく2つのルートに分かれます。

ルート 申請場所 管轄機関 提出フォーム
Adjustment of StatusAOS 米国内 USCIS(米国移民局) I-485
Consular ProcessingCP 米国外(在日米国大使館など) DOS(国務省) DS-260
  • AOS(Adjustment of Status:米国に居ながらにして、ステータスをGreen Cardに「調整」する手続き。今回のメモが対象としているのはこちらです
  • CP(Consular Processing:一度母国に戻って、米国大使館でimmigrant visaの面接を受けて永住権を取得する手続き

Green Card取得の2ステップ

特に雇用ベース(employment-basedで永住権を目指す場合、プロセスは典型的に2段階構成です。

  • Step 1:I-140 Immigrant Petition ―― 「この人材は永住権に値する」とUSCISに認定してもらう手続き
  • Step 2:I-485(AOS)またはCP ―― 実際に永住権ステータスを付与してもらう手続き

医師がよく使うのは、EB-1A(Extraordinary Ability)、EB-1B(Outstanding Researcher)、EB-2 NIW(National Interest Waiver)の3カテゴリです。日本生まれの場合、これらのPriority Dateは2026年5月時点でcurrent(待ち時間ゼロ)であり、I-140承認後すぐにI-485を提出できます(concurrent filing:I-140とI-485の同時提出も可能なケースあり)。

Dual intent visa(二重意思ビザ)

「Dual intent」とは、一時滞在ビザでありながら、同時に永住意図を持つことが法律上認められているビザのことを指します。

ビザ Dual intent 解説
H-1B 専門職就労ビザ。フェロー・attendingの主力
L-1 企業内転勤者ビザ。医師にはあまり該当しない
O-1 ◯(柔軟) 卓越能力ビザ
J-1 × 交流訪問者ビザ。原則本国帰国意図が必要
F-1 × 学生ビザ
B-1/B-2 × 出張・観光ビザ

要するに、H-1B/L-1/O-1の保有者は「アメリカに残りたい」と思いながら堂々と滞在できるということです。今回のメモを理解する上で、この概念は決定的に重要です。

2-year rule(212(e))

ECFMGがスポンサーするJ-1 clinicalで渡米した医師は、ほぼ全員に2-year home residency requirement(2年間の本国居住義務)が発動します。これがある状態ではAOSもH-1Bへの切替もできず、解除するにはJ-1 waiverの取得が必要です。詳しくは過去記事をご覧ください。

📎 関連:[アメリカ臨床留学ビザのイロハ ―― 日本の医師が知っておくべき5つの渡米手段と”2-year rule”の呪縛]

ここまでが用語の最低限のおさらいです。それでは本題に入ります。

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2. 何が起きたのか ―― 事実関係を時系列で

まず、何が起きたのかを時系列で整理します。

日付 出来事
2026521 USCISがpolicy memorandum PM-602-0199 を発出
同日 USCIS公式ニュースルームでプレスリリース公開、報道官Kahler氏の声明
同日〜数日 全米の主要移民法律事務所が一斉に解説を発信

メモの正式タイトルは次の通りです。

“Adjustment of Status is a Matter of Discretion and Administrative Grace, and an Extraordinary Relief that Permits Applicants to Dispense with the Ordinary Consular Visa Process”

直訳すると、「Adjustment of Statusは裁量および行政上の恩恵であり、申請者が通常の領事ビザ手続きを省略することを許す特別な救済である」となります。

タイトルだけ読むと「やはりAOSは特別な場合のみ」と読めるかもしれません。しかし、メモのタイトルは方針声明であり、USCISの審査官(officer)が個別案件を判断する際に実際に従うのは、メモの本文の方です。

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3. プレスリリースが言っていること

USCISのプレスリリースの主張は次の通り、非常に明快かつ強い表現です。

  • 在米中の外国人(alien)が一時滞在中にGreen Cardを希望する場合、原則として母国に戻って申請しなければならない
  • Extraordinary circumstances(特別な事情)がある場合のみ例外を認める
  • 学生、temporary worker、観光客などのnonimmigrantは、特定の目的で短期間滞在するために来米している
  • 彼らの滞在をGreen Cardプロセスの最初のステップとして機能させるべきではない

報道官Kahler氏の発言と組み合わせると、「H-1B保持者であっても米国内でI-485を提出することはほぼ不可能になった」と読み取れてしまいます。実際、複数のメディアが「USCIS narrows AOS eligibility」「AOS available only in extraordinary circumstances」といった見出しでこのニュースを報じました。

これが、多くの在米日本人医師が動揺した原因です。

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4. しかしメモ本体(PM-602-0199)は何を言っているか

ここからが本記事の核心です。プレスリリースとメモ本体は、別物のことを言っています。

4-1. メモがofficerに指示している中核内容

メモが審査官に求めているのは、次の3点に集約されます。

  1. AOSは「discretionary benefit(裁量的恩恵)」である

⇒ 法定要件を満たせば自動的に付与される権利ではなく、officerの裁量判断による

  1. Officerは「totality of the circumstances(諸般の事情の総合考慮)」で評価する

⇒ 個別case-by-caseで、positive factorsとnegative factorsを天秤にかける

  1. 申請者はfavorable exercise of discretionに値することを立証する責任を負う

⇒ 「自分は何も悪いことをしていない」だけでは不十分。積極的に良い面を示す必要がある

つまり、「AOSはofficerの裁量で決まる。officerは申請者の総合的な状況を見る。申請者は自分が承認に値することを示せ」ということです。

実はこれ、**1974年のBoard of Immigration Appeals判例(*Matter of Blas*)以来50年以上、ずっと米国移民法の確立した原則なのです。メモは新しいルールを作ったのではなく、既存の原則を改めて強調した**だけというのが、複数の法律事務所の共通見解です。

4-2. メモが新たに作ったルールはたった1つ

メモが実質的に新たに作ったルールは、次の1つだけです。

「officerが裁量を理由にAOSを却下する場合、却下通知に書面での分析を含めなければならない」

つまり、却下するときは「なぜ裁量で却下したか」を文書化する義務が課されたということです。これは申請者にとってはむしろ保護的な方向のルールであり、却下を増やすルールではありません。

4-3. メモが明示的に保護しているカテゴリ

ここが極めて重要です。メモは以下を明示的に認めています。

  • Dual-intent visa保持者(H-1B、L-1)は引き続きAOSが可能
  • AOS申請はdual-intent statusの維持と矛盾しない
  • ただし、dual-intent status維持「だけ」では自動的に有利になるわけではない(=positive equitiesの追加立証が必要)
  • Statutory carve-out(法律で明文化された保護)のあるカテゴリは保護される

– 米国市民の即時親族(配偶者、未成年の子、親)

– VAWA self-petitioners(家庭内暴力被害者の自己申請)

– INA Section 209のasylum-based adjustment(亡命ベースのAOS、非裁量)

4-4. プレスリリースには「ある」がメモ本体には「ない」表現

複数の米国移民法律事務所が一致して指摘している事実があります。

「only in extraordinary circumstances」というフレーズは、プレスリリースには出てくるが、メモ本体の運用指示(operative guidance)には出てこない。

メモはAOSを「extraordinary relief」と法的な意味で位置づけている ―― つまり「領事プロセスをbypassする例外的救済手段」という伝統的法理を述べているにすぎず、AOSをカテゴリカルに(一律に)拒否せよとはofficerに指示していません。

Tafapolsky & Smith LLPは、USCIS報道官の発言を「misleading(誤解を招く)」と明言し、「メモ本体はすべてのGreen Card申請者に在外申請を要求するものではなく、AOSはCongressがauthorizeした合法的pathwayとして残っている」と分析しています。

Murthy Law FirmWolfsdorf RosenthalHarris Beach MurthaBoundlessClark HillQuarlesなどの主要事務所が一斉に「プレスリリースはmisleading」「メモ本体を冷静に読めばパニックする必要はない」と発信しているのは、まさにこの混乱を鎮めるためです。

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5. なぜこのような「乖離」が生じたのか

ここは推測の域を出ませんが、複数の解釈が可能です。

  • 政治的メッセージング:Trump政権下の移民政策の強硬姿勢を示す広報戦略として、プレスリリースは強い表現を採用した
  • 抑止効果狙い:実際の法的根拠以上に厳格に見せることで、申請者の自粛(いわゆるself-deportation的な発想)を狙う
  • 作成主体の違い:法務部門が書いたメモと、広報部門が書いたプレスリリースで温度差が生じた

いずれにせよ、USCIS officerがI-485を審査する際の根拠は、プレスリリースではなくメモ本体です。これは行政法の基本原則です。

ただし、運用面では次のような変化が予想されます。

  • RFE(Request for Evidence、追加証拠要求)の増加
  • NOID(Notice of Intent to Deny、却下意向通知)の増加
  • 処理時間の長期化
  • Discretionary factorへの精査強化
  • 過去のステータス違反、unauthorized employmentへのscrutiny強化

つまり、「却下が一律に増える」というよりは、「審査の細かさが増す」と理解するのが現実的です。

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6. 裁量審査でofficerが見る具体的な要素

メモは、裁量判断で考慮されるpositive factors(有利な要素)とnegative factors(不利な要素)を整理しています。

Negative factors(不利な要素)

  • 過去の移民法違反、ステータス条件違反
  • Overstay(許可期間を超える滞在)
  • Unauthorized employment(無許可労働)
  • Fraud / misrepresentation(詐欺・虚偽申告)
  • 入国時の意図と矛盾する行動

Positive factors(有利な要素)

  • Family ties(米国市民・永住者との家族関係)
  • Moral character(人格・品行)
  • Long-term tax compliance(長期の税務遵守)
  • 雇用の安定性、雇用主からの強力なサポート
  • 米国コミュニティへの貢献(医療、教育、研究)
  • Children’s school enrollment(子の学校就学状況)

注意点として、メモは「negative factorsが存在しないという事実だけでは、自動的にpositive discretionを得ることはできない」と述べています。つまり「私は何も悪いことをしていません」では不十分で、積極的にpositive equitiesを立証する必要があるということです。

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7. メモが明示的に保護しているカテゴリ ―― Dual intent visaの威力

ここが在米日本人医師にとって最も重要な点です。

メモ本体は、H-1BやL-1のようなdual intent visa保有者については、AOS申請がdual intent statusの維持と矛盾しないことを明示的に確認しています。

具体的にWolfsdorf Rosenthalの解説では、次のように整理されています。

“USCIS expressly acknowledges that dual-intent classifications remain compatible with pursuing adjustment”

(USCISはdual-intent分類がAOS追求と引き続き両立することを明示的に認めている)

これは、H-1B保有者がI-485を提出することも、I-485 pending中もH-1Bステータスを維持できることも、これまで通り認められているという意味です。

ただし、メモは同時にdual intent statusを維持しているという事実だけでは、favorable discretionを得るのに十分ではない」とも述べています。これは「H-1B保有者であれば全員無条件でAOS承認」というわけではなく、個別案件ごとにpositive equitiesの立証が改めて重視されるという意味です。

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8. ケース別の影響 ―― あなたはどのパターンに当てはまるか

オペざんまいの読者は、置かれている状況がそれぞれ違うはずです。代表的な5つのパターンごとに整理してみます。

Case A:J-1 Research / Clinical Fellowで滞在中(J-1のまま)

メモの影響:中程度

J-1のままI-485を提出することは元々できません。212(e)(2-year rule)が発動している場合は、waiver取得なしにはAOSは不可能です。したがってメモの直接的影響はないものの、将来H-1Bに移行してAOSを目指す場合、過去のJ-1期間中のステータス遵守がdiscretionary recordとして精査される可能性があります。

推奨アクション:

  • J-1期間中のステータス遵守を完璧に維持する
  • 212(e) waiver処理を早期に進める
  • 並行してEB-1B/EB-2 NIWのevidence package構築を開始する

Case B:J-1 → H-1B Change of Status進行中

メモの影響:軽度

212(e) waiverを取得済みでH-1Bに移行する道筋が明確であれば、メモが保護対象として明示しているdual-intentカテゴリに入ります。J-1期間中のステータス遵守が、将来のAOSのdiscretionary recordとして評価されます。

推奨アクション:

  • H-1B移行のタイミングをimmigration counselと相談する
  • EB-1B/EB-2 NIWの準備を並行して進める
  • H-1B COS申請時はステータス維持記録を完璧に揃える

Case C:H-1B保持中(Attending, Clinical Instructor, Fellow等)+ EB-1B/EB-2 NIW準備中

メモの影響:最小限

これはメモが明示的に保護しているまさにそのカテゴリです。Dual-intent visaを保持し、employment-basedの永住権pathwayを正規に進めている ―― つまりUSCISが想定する「正規の」green cardプロセスそのものです。プレスリリースがターゲットとする「観光ビザで来て居座る」パターンとは法的にも実態的にも対極にあります。

推奨アクション:

  • 予定通りI-140(EB-1B / EB-2 NIW)を提出する
  • Priority Date currentであれば、concurrent filingでI-485も同時提出を検討
  • Initial submissionの段階からdiscretionary recordを強く構築する
  • I-485提出時のcover letterでpositive equitiesを明示的に列挙する

Case D:O-1 visa保持中

メモの影響:軽度

O-1もdual-intentが認められる柔軟なvisa categoryで、EB-1A/EB-1Bへの移行は自然なpathwayです。メモの直接的なネガティブ影響は小さいです。

推奨アクション:

  • O-1のステータス遵守を継続する
  • EB-1A/EB-1Bの申請準備を進める

Case E:日本からEB-1A/EB-2 NIWで直接Green Card自己申請

メモの影響:ほぼなし

日本国内からI-140を提出し、その後consular processing(在日米国大使館での面接)でimmigrant visaを取得する方は、そもそもAOSを使いませんPM-602-0199はAOS(米国内手続き)に関するメモであり、consular processingには直接適用されません

日本人申請者のpriority dateはcurrent(待機なし)であり、I-140承認後ただちにconsular processingに進めるアドバンテージは温存されています。

📎 関連:[USMLEだけでは渡れない海 ―― 大統領令以後、日本人心臓外科医のための新・渡米戦略]

Case F:過去にステータス違反やunauthorized employmentの履歴あり

メモの影響:大きい

ここはメモのdiscretionary scrutinyが最も厳しく適用される領域です。過去の不規則期間がある場合、AOSのpositive equitiesでこれを上回るストーリーを構築する必要があります。

推奨アクション:

  • Immigration counselと早期に相談する
  • AOS vs CPの戦略的選択を再検討する
  • Waiver申請の検討を行う

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9. AOS vs CPの実務的比較 ―― 安易に「帰国してCP」は危険です

「念のため米国を一旦離れて、在日米国大使館で領事処理(CP)に切り替えた方が安全なのでは?」と考える方もいるかもしれません。しかし多くの在米日本人医師にとって、安易なCP切り替えはむしろリスクが高いというのが、複数の法律事務所の見解です。

詳細比較表

項目 AOS(米国内I-485 CP(領事処理)
米国滞在 継続可能 一時離米必要
EAD(労働許可) I-485 pending中に取得可能 なし
APAdvance Parole、再入国許可) 取得可能 不要(別途immigrant visa)
配偶者のwork authorization EADで取得可能 入国後にしか働けない
子の教育 継続 一時帰国による中断リスク
臨床業務の継続性 維持 中断リスク
在日米国大使館での面接 不要 必要(administrative processingリスクあり)
処理時間 1〜2年(USCIS backlog) 6〜12ヶ月
失敗時のリスク I-485 denial → underlying statusで再挑戦可能 Immigrant visa denial → 米国再入国不能リスク

心臓血管外科医にとっての特殊事情

心臓血管外科医のように高次専門医療に従事している場合、臨床業務の中断は患者ケアの観点からもキャリアの観点からも極めて大きなコストです。

  • 担当患者の周術期管理を中断することは医療倫理的に問題
  • Surgical volumeの蓄積という外科医としてのキャリア形成において大きな機会損失
  • Attending / Clinical Instructorに就いている時期に長期離米するのは現実的に困難

CPに切り替えると新たに生じるリスク

  • J-1の212(e) waiver処理が完全に終わっていないと、CP面接で拒絶される:212(e)はimmigrant visa発給の障壁になります
  • 在日米国大使館でのadministrative processing(221(g))リスク:医師、特に研究・医療従事者はsecurity clearanceで数ヶ月遅延することがあります
  • 家族の生活基盤を一時的に動かすコスト:子の就学、配偶者の活動、住居など
  • 米国再入国時の不確実性:領事の判断でimmigrant visaが出ない場合、米国に戻れなくなるリスクがあります

メモ本体の解釈が明確に「dual-intent保持者のAOSは引き続き可能」である以上、clean recordのH-1B保有者がパニック反応でCPに切り替えるのは、得るものよりも失うものの方が大きいというのが一般的な見立てです。

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10. ステージ別 ―― 今すぐやるべき実務的アクション

メモ発出を受けて、ご自身のステージごとに具体的なアクションを整理します。

A. すでにI-485を提出済みの方

  • 慌てて取り下げる必要はない ―― メモはpending caseに遡及的に不利益を課すものではありません
  • RFEやNOIDへの備え ―― もし届いたら、十分なエビデンスでdiscretionary factorに直接応答してください。Pro se(弁護士なし)で対応せず、必ずimmigration counselと協働してください
  • Underlying statusの維持 ―― H-1B等のステータス遵守を継続。Unauthorized employmentは絶対に避ける
  • 税務遵守の徹底 ―― 米国税務申告(Form 1040等)の完全遵守を維持
  • 海外渡航前に弁護士に相談 ―― Advance Parolなしの出国はAOS放棄とみなされます

B. これからI-485を提出予定の方

  • 急いで駆け込む必要はない ―― メモにcut-off date(締切日)は設定されていません
  • しかしinitial submissionの質が一段と重要に ―― Discretionary recordを最初から強く構築する
  • Positive equitiesの体系的構築:

– 米国コミュニティへの貢献(教育、医療、研究の証拠書類)

– Family ties(米国市民/永住権配偶者、子の就学状況)

– 税務遵守、犯罪歴なし

– 雇用主からの強力なサポートレター

– 学会発表、論文、editorial roleなどの実績

C. I-140(EB-1B / EB-2 NIW)準備中の方

  • EB-1Bの「extraordinary ability」立証は、AOSのdiscretionary recordとしても機能する:AATS、STS、EACTSなどでのoral presentation、Associate Editor職、複数のpeer review貢献、Challenger’s Live Demonstrationsなどの実績は、両方の文脈で強力なエビデンスになります
  • Immigration counselと共有するevidence packageは、I-140とI-485の両方で活用できる形で整備する
  • Recommendation lettersは、独立性(independence)と客観性(objectivity)を意識した依頼先選定を行う

D. 共通:弁護士への照会フレーズ

ご自身が依頼している移民弁護士、もしくは雇用主の移民事務に対して、次のように照会することをお勧めします。

「PM-602-0199を踏まえて、私のH-1B → AOS(またはEB-1B / EB-2 NIW → AOS)戦略は変更が必要でしょうか?positive equitiesの追加立証は何を準備すべきでしょうか?」

おそらく多くの方は、

“Your case profile is protected under the memo’s dual-intent provisions. We continue as planned, with strengthened documentation of positive equities.”

という回答が返ってくると予想されます。

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11. 法的展開の見通し ―― このメモは今後どうなるのか

PM-602-0199は今後どうなっていくのでしょうか。現時点で予想される展開を整理します。

① 法廷闘争はほぼ確実

複数の移民法律事務所が指摘する通り、プレスリリースの表現がメモ本体の権限を超えている場合、行政訴訟法(APA, Administrative Procedure Act)違反として訴訟の対象になる可能性が高いです。

② 法的根拠は既存判例に依拠

メモ自体は *Patel v. Garland* (2022)、*Kucana v. Holder* (2010)、*Matter of Blas* (BIA 1974)、*Matter of Tanahan*、*Matter of Mendez-Moralez* 等の既存判例を引用しており、新しい法理を作っているわけではありません。USCISはpolicy memoでstatute(議会制定法)を変更することはできません。

③ Congressの定めた保護はそのまま

INA Section 245はCongressが書いた法律であり、Immediate Relative配偶者、VAWA、dual-intent visa保持者などへの保護は明文化されています。USCISはこれらを尊重しなければなりません。

④ 追加guidanceの可能性

メモ自体が「特定のAOSカテゴリや特定のpopulationに対する追加guidanceを発出する可能性」を明記しており、今後さらにcategory-specific memoが出る可能性があります。Employment-based applicantsに対する個別guidanceが出る可能性も否定できません。

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12. おわりに ―― 一言でいうと

整理すると、プレスリリースとメモ本体の対比は次のようになります。

観点 プレスリリース メモ本体の実際の指示
AOSの位置づけ 「Extraordinary circumstances」のみ 「Discretionary benefit」として個別評価
Dual-intent visa保持者 言及なし(否定的に読める) 明示的にAOS可能と認める
既存statuteの扱い 言及なし Section 245を遵守、carve-outを尊重
評価方法 カテゴリカル拒否を示唆 Totality of the circumstances

この乖離が今回のニュースのすべてです。

オペざんまいの読者である日本人医師の皆さんにとって、特にH-1B保持者でEB-1B / EB-2 NIWのpathwayを進めている場合、今回のメモによる本質的な影響はほぼありません。AOSの道は引き続き開かれており、母国に戻る必要はありません。

ただし、運用面でのscrutiny強化、RFE / NOIDの増加、処理時間の長期化は予想されるため、I-485提出時のdocumentationの質が従来以上に重要になります。Immigration counselと密に連携し、初回提出時から強いdiscretionary recordを構築することが、今回のメモを踏まえた最も重要な実務的対応です。

一言でまとめます。

プレスリリースの見出しは「全員帰国しろ」と読めるが、メモ本体は「裁量審査を厳しくする」と言っているだけ。H-1B / L-1 + 雇用主スポンサー + clean recordの組み合わせは、メモが明示的に保護しているカテゴリであり、AOSの道は引き続き開かれている。

混乱されるのも当然で、これはUSCISのプレスリリースの書き方の問題です。法律事務所が一斉に「冷静に読めばパニックする必要はない」という解説を出しているのは、まさにこの混乱を鎮めるためであることをご理解いただければと思います。

不安がある方は、ご自身の移民弁護士に「PM-602-0199を踏まえて私のケースは戦略変更が必要か」と直接照会することを強くお勧めします。

プレスリリースの煽情的な表現に振り回されず、メモ本体を冷静に読むこと ―― それが、米国でキャリアを築く日本人医師として、今取るべき最も賢明な姿勢だと考えます。

なお本記事は2026年5月24日時点の情報に基づく情報提供であり、個別案件への法的助言ではありません。実際の申請判断は必ず米国移民弁護士との個別相談に基づいて行ってください。また、メモの解釈をめぐっては今後訴訟が提起される可能性も指摘されており、運用は流動的です。継続的な情報のアップデートが必要です。

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参考リンク

USCIS公式

  • USCISプレスリリース(2026年5月21日):https://www.uscis.gov/newsroom/news-releases/us-citizenship-and-immigration-services-will-grant-adjustment-of-status-only-in-extraordinary
  • PM-602-0199 メモ本体(PDF):https://www.uscis.gov/sites/default/files/document/memos/PM-602-0199-AdjustmentOfStatusAndDiscretion-20260521.pdf

主要法律事務所による解説

  • Murthy Law Firm「USCIS Reinforces that Adjustment of Status is Discretionary – Not a Right」:https://www.murthy.com/2026/05/22/newsflash-uscis-reinforces-that-adjustment-of-status-is-discretionary-not-a-right/
  • Wolfsdorf Rosenthal「Employer Advisory: USCIS Policy Memorandum on Adjustment of Status Discretion」:https://wolfsdorf.com/employer-advisory-uscis-policy-memorandum-on-adjustment-of-status-discretion-pm-602-0199/
  • Harris Beach Murtha「USCIS Reframes Adjustment of Status as ‘Extraordinary’ Discretionary Relief」:https://www.harrisbeachmurtha.com/insights/uscis-reframes-adjustment-of-status-as-extraordinary-discretionary-relief/
  • Boundless「USCIS Issues New Policy Memo on Adjustment of Status」:https://www.boundless.com/blog/uscis-issues-new-policy-memo-on-adjustment-of-status-what-family-based-applicants-need-to-know
  • Boundless「USCIS AOS Memo: What Employers and Foreign National Employees Need to Know」:https://www.boundless.com/blog/uscis-aos-memo-what-employers-and-foreign-national-employees-need-to-know
  • Quarles「Top 5 Things to Know about the New USCIS Adjustment of Status Policy」:https://www.quarles.com/newsroom/publications/top-5-things-to-know-about-the-new-uscis-adjustment-of-status-policy
  • Clark Hill「USCIS Redefines Adjustment of Status as Discretionary Relief」:https://www.clarkhill.com/news-events/news/uscis-adjustment-status-discretionary-policy-2026/
  • Tafapolsky & Smith「USCIS Issues Policy Memorandum Describing Adjustment of Status as a Discretionary and Extraordinary Measure: Q&As」:https://tandslaw.com/uscis-issues-policy-memorandum-aos/
  • Manifest Law「USCIS Policy Memo on Adjustment of Status, Explained」:https://manifestlaw.com/blog/immigration/news/uscis-policy-memorandum-adjustment-of-status-05-22-2026/
  • Ilabaca Law「USCIS Will Grant Green Card Adjustment of Status ‘Only in Extraordinary Circumstances’」:https://ilabacalaw.com/blog/immigration-news/uscis-will-grant-green-card-adjustment-of-status-only-in-extraordinary-circumstances-what-the-new-memo-pm-602-0199-means-for-your-case/

関連判例

  • *Matter of Blas*, 15 I&N Dec. 626 (BIA 1974, 1976):AOSが裁量的救済であることを確立
  • *Patel v. Garland*, 596 U.S. ___ (2022):AOSの裁量判断の司法審査範囲
  • *Kucana v. Holder*, 558 U.S. 233 (2010):AOSの裁量性に関する判例

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本記事は2026年5月24日時点の情報に基づきます。USCISの運用解釈および訴訟動向は流動的であり、最新情報については上記の公的ガイダンスおよび移民弁護士に確認してください。

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小児心臓外科医オンライン勉強会のお知らせ

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